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くるめろとは違う

くるめろと貴様は関係ない。

聖闘士星矢 Legend of Sanctuaryを見てきました

小宇宙はまだ燃えているか?

6月21日より全国公開となった映画『聖闘士星矢 Legend of Sanctuary』
聖闘士星矢は週間少年ジャンプでの連載から28年が経った今でも世界各国に根強いファンが多い事で有名であり、今年3月に完結を迎えたテレビアニメ「聖闘士星矢Ω」は記憶に新しく、それ以前にも外伝として、逆賊とされたアイオロスを兄に持つレオ・アイオリアを主人公とした「聖闘士星矢Episode.G」や、星矢達の活躍の243年前の聖戦を描いた「聖闘士星矢 The Lost Canvas冥王神話」など様々な派生作品を生み続けている。
また、玩具なども今なお製作・販売され予約開始直後に完売となるほどの盛況ぶりだ。

そんな聖闘士星矢が今回はフルCG映画に

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そもそも、今回の『聖闘士星矢 Legend of Sanctuary』、僕の記憶では2012年末か少なくとも2013年春頃にはひっそりと聖闘士星矢の公式にて劇画調の1枚絵でのプロジェクトの告知が為されており、まだかまだかとかなり楽しみにしていた。
上記に書いたように聖闘士星矢という作品は外伝などを用いた派生作品が盛んに作られており、個人的にはアニメや漫画等、それぞれの解釈が面白く僕はどれも好きである。

感想だよ

そんなわけで、この作品を先日鑑賞してきた。

トーリーは地上に邪悪がはびこるときに現れる戦いの女神アテナの生まれ変わり「沙織」が教皇の謀略により、逆賊として命を狙われるところから始まる。その謀略を暴く為に星矢達5人の下級聖闘士である青銅聖闘士(ブロンズセイント)が聖域(サンクチュアリ)へ向かい、教皇への道中アテナ「沙織」を逆賊と信じ、待ち構える12人の黄金聖闘士との死闘を描いたものとなっており、漫画版の「黄金十二宮編」を現代的な解釈にて再構築した作品となっている。

 

映像のクオリティーは非常に高く、12人(一部不在)の黄金聖闘士との戦いを一部を除き、90分という短い時間の中でうまい事捌いており、なにより物語の導入や説明も今回の作品が初見で聖闘士星矢を知らない層へうまくアプローチできている。
また、下級聖闘士5人とアテナVS聖域の全聖闘士という孤軍奮闘で少しばかり悲壮感漂うストーリーも、常に張り詰めた空気というわけではなく劇場に笑いが起こる場面もしばしば。そして、なによりもハイクオリティーのCGで表現された聖闘士同士のバトルは圧巻で、この為だけにでも見る価値はあるように思える程。
個人的に残念に感じた部分や様々な感想はあるが最終的に「聖闘士星矢作品を現代に最高峰のCGで蘇らせる」というテーマのもと、既存のファンの為だけの物にせずに、新たな層への働きかけと言う点も含め素晴しいエンターテイメント作品に仕上がっている。
僕はこのブログを見ているあなたがこの週末に、この映画を見て「なんか楽しかった」でも「糞じゃねーか!くるめろぶっ殺す!」であっても聖闘士星矢に対して何かしらの興味を持ってくれればファンとして、とてもうれしいし是非漫画も読んでみて頂きたい。

古参のファンは作品を食いつぶすのか

さて週末にこの作品を鑑賞し、ほくほくと感動を共有しようとネットの映画レビューサイトを訪れたところ、新規や既存のファンの好感的な意見を覆い尽くす、古参ファンのネガティブな発言の多さとレビュー ーと言うよりはこき下ろしーの嵐にほくほくもぶっ飛んでしまった。
批判の内容は数多ある罵詈雑言の中でも「原作と違うからクソ」に一貫しこの為だけに、数スクロール近くに及ぶ長文で様々な方面から駄作と畳み掛ける。とんでもなく禍々しい負のオーラはコンピューターのモニターが霞む程のうねりだ。
これはどのコンテンツにも言えるのだが、思いが募りすぎたファンはいつのまにか原作を神聖視し始め、付随するサービス―外伝作や続編、展開する商品等―を「原作との相違や再現性」を武器に、初期原作や延いては思い出補正によって構築された自身のイメージと合わないものを排除しようとし始める。
今現在展開されている聖闘士星矢のフィギュア「聖闘士聖衣神話シリーズ」にもこの流れが見受けられ今現在2週目となる「聖闘士聖衣神話EX」は、シリーズ初期1週目の「聖闘士聖衣神話」への思い入れの強いファンから、確実にグレードアップしている造形やクオリティーに対しても原作準拠を盾に取ったバッシングが止まない

 

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*現在黄金聖闘士や聖矢達が2週目へと突入し、アップグレードが進むフィギュア「聖闘士聖衣神話EX」(写真右)。原作準拠を謳う古参のファンの間では左の初期聖衣神話を賞賛する声も少なくは無い。

 

自身が長年愛してきたものが時と共に形を変えていくことへ、強い抵抗を感じるその気持ちも、解らなくは無い。解らなくは無いが、そもそも「聖闘士星矢」自体が80年代の「ざっくりで大げさな漫画」の旗手である車田先生によって描かれた作品なので、その原作も矛盾や不条理に溢れているわけだし別にいいじゃん。が、僕個人の意見なのだが、こういったファンは音楽、漫画であれ、小説であれ、原作が宗教経典のように絶対の存在となり、さらに個人的な趣向が複雑に絡み最終的に今回のように原作者が原作として携わっている作品にも「原作読み直せ」の必殺技を放つのでもはや彼らにとっての原作とは「描いた作者」をも超越する神器と化してしまっているのを痛感する。上で紹介したフィギュアに関してもすべて車田先生の監修のもとに作られた物であり、原作サイドがOKを出している形となっている。

そもそも、この映画の原作は車田先生であって、現代的に解釈し聖衣(クロス)の造形やストーリーを変えようといった要望も彼の物である。車田先生って結構適当だと思うよ。

 

聖闘士星矢のざっくりした概要

ネガティブな意見が続いてしまったが、張られた伏線を一切回収しなかったりする
ダイナミックさ聖闘士星矢一番の見所だ。
しかしながら数ある「レジェンド漫画作品」の中では聖闘士星矢は少しばかり認知度が低いイメージが個人的には強く、少し悲しい。皆さんにも是非とも聖闘士星矢のダイナミックさを知って、楽しんで頂きたいのでここにざっくりとした概要を纏める。

その1
基本的に攻撃はカッコいいポーズで、カッコいい技名を叫ぶだけでよい

―これは聖闘士星矢を読む上でマスト。すげぇカッコいいポーズ「オーロラエクスティンクション!」とか「天空覇邪魑魅魍魎(てんくうはじゃちみもうりょう)」とかすごくカッコいい技名を叫ぶ。
そうする事で凄くカッコいいビームが出たり、冥界に飛ばしたり、バリアを作ったり、幻を見せたりと技のバリエーションは多数あるがそれは後述する小宇宙(コスモ)の為せる業である。

その2

攻撃を食らった場合は空へ打ち上げられ、頭から地面に落ちる

―その1の流れからこの落下までが聖闘士星矢の基本的な流れとなっており、一番の見所。一見危険に見えるが、頭部から地面に着地した場合はほとんど一命を取りとめ、
逆にこのモーションが無い場合のときこそ、攻撃を受けたキャラクターの死を覚悟したほうがよい。

その3
小宇宙(コスモ)は原子を砕く

―修行中の星矢に師匠である魔鈴は「拳で岩を砕く方法」を教える。訓練されたサンクチュアリ(聖域)の聖闘士から繰り出されるパンチは強い小宇宙(コスモ)を帯びており、原子を破壊するのだ、と。
石を強い力で叩き壊すのではなく、小宇宙を解して石の分子構造を分解させ、さらにその原子を破壊するのだ。原子を破壊する事は不可能と科学の時間に習った記憶もあるのだがそこはダイナミックさでカバー。
多分だが、このようにして炸裂したパンチに対して対象物(この場合は石)から核分裂反応が起こり大量の放射線が発せられ、内側から崩壊していく、多分。

その4
聖闘士に同じ技は二度と通用しない

―これは鳳凰座一輝が放った名言。聖闘士同士の打ち合いとなるとそれは音速を超えた光速の戦いとなる為、一度大げさなポーズで放ったカッコいい技は二度と通用しない。言っている意味が分からないかもしれないがこれはもはや、常識なのだ。以上の点を踏まえての鑑賞をぜひオススメする。

 

聖闘士星矢を知らない貴方の中で小宇宙はまだ燃え続けているのだから。

 

 

聖闘士聖衣神話EX アリエスシオン 聖戦Version

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聖闘士聖衣神話EX アリエスムウ

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